東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)180号 判決
事実及び理由
一 請求の原因一ないし三の事実及び審決の理由の要点1ないし3で認定された事実は当事者間に争いがない。
二 そこで原告主張の審決取消事由について判断する。
1 本願出願当初の明細書の記載の認定の誤りについて
成立に争いのない甲第四号証によれば出願当初の明細書の実用新案登録請求の範囲の項には前記当事者間に争いがない本願の実用新案登録請求の範囲の「さらにこの側面にもカーペツトを融着し、」に相当する記載がないことが明らかであるが、同明細書の考案の詳細な説明の項には、「4に示される階段踏み板部に取り付ける部分は基板のみか、又は基板にカーペツトを融着したものでもよい。」と記載されていることは当事者間に争いがない。また、右明細書の考案の詳細な説明の項では、まず、階段の踏み板に取り付ける部分についての合成ゴム板又は合成樹脂板にカーペツトを融着した構造が示され、次いで階段角部にすべり止めの凹凸を設けるがこれは合成樹脂板と一体でもよいことが記載され、その後右引用部分の直前までは「図2のBに示す通り階段踏み板の前面板部にとりつける部分については、熱処理又はプレスにて折り曲げ、1及び2の面に対し直角に折れた側面の形状を成し容易に階段に取り付けることが出来る。」と階段の前面板部に取り付ける部分についての説明というように、本願考案の階段用マツトの構成各部を順を追つて記載して来て右引用部分に続いていることは、被告が明らかに争わないから自白したものとみなす。
右のような考案の詳細な説明の項の前後の文脈に、当事者間に争いのない出願当初の図面中の図2には階段前面板部に符号4の矢印が記載されていること、前記甲第四号証によつて認められる、右明細書の図面の簡単な説明の項に符号4の説明として、階段前面板部カーペツトマツトとの記載があることを合わせて考えると、前記考案の詳細な説明の項の「4に示される階段踏み板部に取り付ける部分は基板のみか、又は基板にカーペツトを融着したものでもよい。」との記載の内「4に示される階段踏み板部」との部分は、「4に示される階段前面板部」の誤記であることが明らかである。
したがつて、出願当初の明細書には、「階段角部から下方に直角に折れ曲がる側板の表面にもカーペツトを融着する。」旨の記載があつたものと認められるから、その記載がないとする審決の認定は誤りである。
しかし、審決は、出願当初の明細書には右のような記載がなかつたが、その後補正によつて書き加えられたことをもつて、階段角部から下方に直角に折れ曲がる側板の表面にもカーペツトを融着することは当業者が当然思いつくことであるとすることの根拠の一つとしたものであるから、前記の事実誤認のみをもつては、考案がきわめて容易であるとする審決の判断が誤つているということはできない。
2 本願考案の構成の進歩性の判断の誤り及び本願考案の効果の顕著性について
前記当事者間に争いがない審決の理由の要点2、3の事実によれば、基板の階段踏み面部にカーペツトを融着し、階段角部を中心に下方に直角に折り曲げる側面を持つた、階段の各段毎に別々に取り付ける階段マツトである引用考案が引用例に開示されているのであり、この引用考案に、当事者間に争いのない、階段においてその踏み面のみならず立ち上がり面にもカーペツトを敷きつめることが、一枚のカーペツトを階段の上から下まで敷きつめるのであると階段の一段ごとにカーペツトを踏み面と立ち上がり面に敷きつめるのであるとを問わず、広く知られている事実を合わせ考えれば、当業者にとつて、引用考案に基づき、階段角部から下方に直角に折り曲げる側面にもカーペツトを融着することの考案は格別の創意工夫を要するものではなく、きわめて容易であつたと認められる。原告は、本願考案のような階段の各段毎に別々に取り付ける階段用マツトと従来の階段の上から下まで一枚のカーペツトを敷きつめるもの又は階段の各段毎に別個のカーペツトを敷きつめるものとは全く異なるものであるから、本願考案を案出するにあたつて何ら示唆を与えるものではないと主張するが、本願考案のような階段用マツトと階段にカーペツトを敷きつめることとは、階段にカーペツトを設置するという同一の分野に係るものであり、しかも、審決は、右のように階段にカーペツトを敷きつめることから直接本願考案を案出することの難易を問題にしているのではなく、引用考案に基づき前記広く知られている事実を合わせ考えて階段角部から下方に直角に折り曲げる側面にもカーペツトを融着することを案出するのに格別の創意工夫を要するか否かを問題にしていることは明らかであるから、原告の右主張は採用できない。
原告が、審決を取り消すべき事由3に主張する効果は、いずれも、引用考案からは得られないものであるが、前記広く知られている階段の踏み面のみならず立ち上がり面にもカーペツトを敷きつめることと同様の効果又は類似の効果であり、当業者にとつて容易に予想できるもので顕著なものではなく、本願考案の進歩性を根拠づけるものではない。
なお、原告は、本願考案はつま先を一番ぶつけ易い階段角部直下の側板上部にのみカーペツトを設けていると主張するが、右のような構成が本願考案の要旨に含まれていないことは前記当事者間に争いのない本願考案の実用新案登録請求の範囲に照らし明らかであるから、原告の右主張は採用できない。
3 以上のとおり、本願考案は引用考案に基づいてきわめて容易に考案することができたものであり、審決の判断は、前叙1の事実誤認があるが、結論は正当であるから、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にこれを取り消すべき違法の点は見当らない。
三 よつて、原告の本訴請求を失当として棄却することとする。
〔編註〕本願考案の実用新案登録請求の範囲は左のとおりである。
階段の一つの踏み板の面積よりも小さい面積をもち、半円又は二隅が丸味を有するか、斜めに角を切りとつた四方形等の形を成したゴム、又は合成樹脂からなる基板に、合成繊維、又は羊毛等の混紡糸からなるカーペツトを融着、又は縫合し、階段角部を中心にして下方に直角、又は直角以下に折り曲がる側面を持ち、さらにこの側面にもカーペツトを融着し、基板の裏面の一部に接着剤、又は接着テープが添付された階段用マツト。